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四十立ち

"しじゅうだち"と読みます(造語)。 40歳をとうに過ぎ、色々拗らせていたり 迷ったり悩んだりもするけれど、 諦めるには先が長過ぎる。。 そんなオジサンの盛大なチラ裏です。

【アウトプット】IT〜コーヒー〜ITという遍歴にあたって考えてたこと

ざっくり言うと私は、表題のような振れ幅を持った職歴があります。
厳密に言えば、コーヒーについてはお店出したわけではないからものの数に入れて良いのかとか
コーヒーの道に至るまでの橋渡しとして、お惣菜づくりのパートとか
再処理工場の現場仕事もやってたとかあるのですが、
まぁ何にせよ「応用情報技術者」「危険物取扱者乙四種」「食品衛生管理者」を持つという
(たぶん)あんまり普通は一緒に持たない資格を持つに至った人生でしたので、
その合間合間で考えてたことを言語化するのにも多少は意味があるかな?
ということでやってみようと思います。

以降、かなりの長文が続きますが、要するに言いたいことは

どこに行っても"俺、こんなことしたいのかな?"という思いがつきまとう

ということです。なので最悪、続きは読まなくて良いです(笑)




【IT業界入りたて】
モノを作りたい、
でも絶望的に手先が不器用ということもあり(自分が生きた証を残したいが、子孫は残したくない)、
割と早めに「形のないモノを作る」IT系に興味を持ち、それがこの業界に入る動機でした。
工業大学を出て、IT系の中堅会社に入り、
縁あって入社1ヶ月経たずに大手の会社に出向が決まり、
品質意識を持ったモノ作りの基礎をしっかり叩き込んでいただきました。
お陰様で、それ以降仕事にあぶれることはなかったと言っても過言ではありませんでした。

20年近く前のこの業界では、月の残業時間が36協定を軽く超える状態もあり、
しばらく休職して通院することもちょいちょいありましたが、
それでもその事自体がストレスでどうこうということはなく、
それなりにやりがいを感じながら仕事していたように思います。
社内での横のつながりが割とあったのも良かったですね。

【最初にIT業界辞めようと思ったとき】
最初の会社で6年ほど勤めた後、リーマンショックなどの影響などもあり
同業種の別会社に行くことを決意しました。
最初の案件から遠隔地出張+ホテルに缶詰。
次の職場では依頼元からのパワハラで、ストレスから絶食状態にまでなり、
さらに次の職場では、自社から仕事できるできない以前のひどい後輩の尻拭いを押し付けられ…

やってられるかこんなの!

となって、上司にビターン!!!と退職届を叩きつけました。
実は心療内科にはこれまで何度か通ってましたが、このとき初めて
"躁鬱病"の診断書を出してもらいました。
#この会社のせいで病気になったということを武器に、戦おうと思ったからです。

通院の傍ら、法の専門家にも助けを求めました。しかし、
「ぼんばへさんが責任を感じて頑張りすぎてただけで、
異常な会社ではあるけど違法ではないかな…」
とやんわり諭され、
(社会も会社も法律も、自分の味方なんてどこにもいない)
と思い、何もかもが嫌になってしまいました。
なんやかやこの会社には丸8年もいたのですが、
とりあえずもう二度と、ITの道には進むまいとこのときは思いました。

【コーヒーの道を志したとき】
仕事をやめ、貯金は多少あり、時間だけは有り余ってるので
数ヶ月の間完全に酒浸りになりました。
今思い返しても…よく死ななかったねってくらい呑んでました。。
#睡眠薬をウィスキーのボトルで流し込むとか、普通にやってた。。
しかし、ものすごい勢いで減っていく預金残高が、私を否応なしに現実に引き戻しました。
(何でもいいから仕事はしなきゃな…)
40歳目前、人生の思い切った舵切りをするなら恐らくこれが最後のチャンス。
"挑戦するなら今しかない"、とにかくその一心でした。
「大好きなコーヒーで食っていく」
当時まだ酒量がだいぶアレで、鼻なんかききゃしないのによく言うわと
今ならツッコミ入れますが(笑)、
その必死さが私を修行させてくれるお店との出会いに繋がったと思います。

【自分のお店出すの辞めようと思ったとき】
店での修行の日々は、私の人生の中で数少ない、
誇張なく「誇り」と呼べるものでした。
同時に、文字どおり寝る間も惜しむ激務でした。
営業が終わってから、次の営業に向けての仕込みをし、出納帳をつけ、
そこから焙煎やラテアートなどの練習、
ドリップバッグ作り(あれ、大体の店は手作りなんですよ!)、
メニューに汚れがあれば再印刷して差し替え、
お店のインスタグラムの記事準備など…
朝になると花に水やり、雑草取り、クモの巣払って、店周辺のほうきがけなど……
定休日であってもそれらをしないわけにはいかないですし、
何ならインスタ用動画撮影のロケハンなんかもしてました。
…それはさすがにやりすぎだったかも(笑)

まぁそんなわけで頑張っていたのですが、未来のことを考えるとストレスもたくさんありました。
このときはあくまで雇われなので、自分のお店をするとなったら
"もっとキツイ未来(大量の仕事)が待ってる"こと。
昔から熱い液体(コーヒーだけでなく、おみそ汁とか)を運ぶとき手が震えること。
#コーヒー屋なのにコーヒー運べない!
何より…こんなに滅私してまで"お客様のために"とは考えられなかったこと。
言葉を選ばず言えば、店に来てくれるお客様に対し、
"また俺にストレスかけにきたのか…"
とたびたび思っており、いらっしゃいませ!なんて気持ちは持てなくなっていました。
自分の中でどんどん大きくなっていく
(この仕事、向いてないな。ホントにこんなことしたいのかな)
という気持ち。やる気のなさは接客にも出ていたようで、オーナーから
「本気になれないなら、もう辞める?」
とお声がけいただき、コーヒーの道を断念することを決意しました。

【結局IT戻ったとき】
(結局、好きなことも仕事にできなかったな…)
空虚な気持ちで次の仕事を探すわけですが、
(もう何でもいいや…)
と思いつつも、つなぎの期間でやってみた現場仕事のような
(何も頭使わない仕事は絶対嫌だな)
というのがあり、40歳過ぎてだいぶ頭の働きも鈍ってきてますが、
自分の知識と経験の引き出しで戦えるIT行くかー、となりました。
ここで最初に出てきた、大手会社様で経験積んでましたよアピールで、
だいぶラクに次が決まりました。ありがたや…(-人-)

ということで今私は仙台にいます。40半ばになっても
(俺、こんなことしたいんだっけ?ここにいていいんだっけ?)
と思ってしまいますが、
結局どこに行ってもその悩みはつきまとうものだし、
そんな中でも誇りに思える、他人に自慢できる経験ができたことが
現在私のコアのようなものになってると感じます。

"答えがない"わけじゃない、
"答えを出す義務なんてない"、
だけど"一旦答えがでたとしても、問い続ける"。
バカバカしく思えることもあるかもしれませんが、
「"楽になりたいけど問い続けてしまう自分"という矛盾」を受け入れることは、
問いをやめてしまった人よりきっと深みがでるんじゃないかな、
今はそう考えてます(数年先のことなんて知らねー)。

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